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雨谷の日和

過去12年で1,600を超えるアニメの第1話だけは見続けた僕のお勧めアニメがハズレなはずがない

続・悪文つれづれ

悪文雑談、続いているようです。<もはや傍観者の気分。
お題は枕草子およびその桃尻語訳ということで、流れを追うのに必要なリンクをここに集めておきます。結構な文量なので全部を引用するのは止め、私なりに解釈した皆様の意見の要約(→以下部分)を書いておきます。詳細はリンク先をご覧下さい。
※私が「文章」について良し悪しを書いた場合は、文章構造や書かれている内容の良し悪しを指しています。
※私が「文」について良し悪しを書いた場合は、文の技術的な良し悪しを指しています。


○ろずまりん氏の「MEMO」より2004/5/22付。
枕草子原作:(言及無し)
→桃尻語訳:個々の文は悪くない(良くも無い)。文章としては悪い(ように思う)


○半茶氏の「半茶」より040522付。
枕草子原作:個々の文は悪文。文章としては悪くない(悪文も凄みに思える)
→桃尻語訳:個々の文は悪文。文章としては悪くない(桃尻語訳は元の枕草子の雰囲気をかなり的確に現代訳している)


○下条氏の「くだらな日記」より5月22日付。
枕草子原作:個々の文は悪文(もともと古文は現代文の基準からすると悪文が多い)。文章としてもあまり良いものではない(浅薄なところがある)
→桃尻語訳:(言及無し)


○ろずまりん氏の「MEMO」より2004/5/23付。
枕草子原作:(言及無し)
→桃尻語訳:他にも訳し方はあるような気がする(つまるところ、桃尻語訳が嫌いなだけかも)


○下条氏の「くだらな日記」より5月23日付。
枕草子原作:(枕草子は内容が気に食わない。あくまで感想レベルだが、文の良し悪しについては現代文の基準からすると悪文だろう)
→桃尻語訳:(名訳だが、良い文というわけではないだろう)


皆様それぞれに一家言という感じで、私としては色々と参考にさせて頂いています。
しかしこうして並べてみると、三者で一致しているのは「枕草子の原作は現代文の基準からすると悪文だ」という点くらいでしょうか。
ちなみに私の感覚からすると、以下のような感じになります。


枕草子原作:個々の文は(現代文の基準からすると)悪文、ただし当時の基準でどうだったかは分からない。文章としてあまり良いようには思えない(ただし、文章については原文を真面目に読んでの結論ではなく、訳などを読んでの感想レベルです)
→桃尻語訳:個々の文は悪文ではなく、良文でもない(要するに日常文のそれに近い)。文章としてはあまり良いようには思えない(これは、桃尻語訳が原作にかなり忠実なのではないかという意味で。もちろん、感想レベルです)


原作については下条氏、桃尻語訳についてはろずまりん氏に近いのかな。ただし、桃尻語訳が原作の雰囲気を上手く現代訳しているのではないかという点については、半茶氏に同意です。
あと、半茶氏の記述の以下の部分についてはとても共感を覚えました。引用します。

ある文章が良いか悪いかの評価は、その文章が意図する効果に貢献しているかどうかが重要であり、先に述べたように悪文であってもそれが全体として有効であるならば全然それでも構わないと考えています。美しければそれでいい場合もありますでしょうし、美しくないことが必要なこともあるのではないでしょうか。

やはり今後、ここでは「文章」の中での「悪文」の効果的な使い方に注目して行きたいと思います。