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雨谷の日和

過去12年で1,600を超えるアニメの第1話だけは見続けた僕のお勧めアニメがハズレなはずがない

文と文章と内容と

悪文の文章の中での使い方を分類し始める前に、ちょっとだけ言葉の整理を。


私がここで「文」と書いた場合は、句点で終わるひとまとまりの文字列を指しています。
意味が通じるか通じないかは、文であるかないかには関係ないという立場を私は採用しています。
ただし、意味が取りやすいものを良文、意味の取りにくいものを悪文と呼んでいます。


私がここで「文章」と書いた場合は、いくつかの文の集まりを指しています。
従って文章はいくつかの意味の関係を構築します。
文章の良し悪しはその目的に依存するという立場を私は採用しています。
何かを伝えるための文章の場合、その内容がいかに的確に読み手に伝わっているかどうかが良し悪しの基準になると考えています。
また逆に、単なる言葉遊びなどの場合にはその趣が読み手に感じられさえすれば良く、文章の的確さを重視する必要はあまり無いと考えています。


文章が何かの主張を持った論説である場合には、その文章そのものの良し悪しとは別に、内容自体の良し悪しを考える必要があると思っています。
その場合、良し悪しの基準は読み手の価値観に依存すると考えています。


この日記では当面、文章の良し悪しのための様々な手法を分類することに着眼します。