雨谷の日和

過去12年で1,600を超えるアニメの第1話だけは見続けた僕のお勧めアニメがハズレなはずがない

2009年07月期終了時感想総括

さてさて、今期もそろそろお終いですね。感想をまとめておきます。

[2009年07月期](終了時)
01.→ 化物語
02.→ 亡念のザムド
03.→ 咲-Saki-
04.→ 涼宮ハルヒの憂鬱
05.→ 大正野球娘。
06.→ うみねこのなく頃に
07.→ 宙のまにまに
08.→ 獣の奏者 エリン
09.→ 青い花
10.→ 狼と香辛料II
11.→ 懺・さよなら絶望先生
12.→ イナズマイレブン
13.→ ティアーズ・トゥ・ティアラ
14.→ しゅごキャラ!!どきっ
15.→ バスカッシュ! BASQUASH
16.→ タイタニア
17.→ Phantom ファントム〜Requiem for the Phantom〜
18.→ 戦場のヴァルキュリア



中間時のときのランキングから変化はありません。なので、感想もほぼ似たような感じになってしまうので、個人的に言いたいことのある奴だけをピックアップ。

化物語、なでこスネーク弐のときの演出(笑)はなんだったんでしょうね。それにしても毎ヒロインそれぞれに別のオープニングを用意するとか、サービス精神にあふれ過ぎているその心意気に感じ入りました。ところで、つばさキャットのオリジナルオープニングはなしですか。そうですか。ラストシーン、突然星空を見上げたりするもんだから、宙のまにまにかと思いましたよ。まあ、原作通りなんだろうから、企画被りですね。

忘念のザムド、これは少しボンズの傾向について触れておかねばならんかな、という気がしてきました。基本的に、ボンズは母系シナリオしか描けないのではないかと思い始めています。母系の代表例は銀河鉄道999とか、エヴァンゲリオンとかになるんですが、要するに主人公を取り込み同化する何かしらのものが世界観の根幹を成していて、物語はその母なるドロドロとしたものとの距離感で進行します。999は母系の象徴と思われたメーテルとの離別、もしくは恋人化によって絶対母性の機械化星に取り込まれることを主人公が拒否し自立を成し遂げますが、エヴァンゲリオンは母なる綾波レイ&初号機に全てを飲み込まれ、恋人役たるアスカとの相互理解に至らないまま、主人公は辛い現実に放り出されます。ここら辺は宮崎駿作品が徹底していて、あれらはたいてい、大いなる母性に対して強がっている男の子か、大いなる母性そのものを体現する女の子の物語と見なせるでしょう。逆に宮崎息子の作品はばりばり父性系だったのは面白いですね。とかなんとかいう理屈を当てはめてザムドを再度眺めると、やっぱり母性世界なのでアレです。友達との確執とか、親父と中佐との対決とか、ライギョさんかっけーっスとか、博士の最高傑作のミドリちゃんとか、実はそんなのは世界のごちゃごちゃさ加減、主人公とヒロインが「苦しんでいるんですぅ」という何がしかを演出するためだけの小細工に過ぎなくて、結局は大母性であるなにか訳の分からないものと、その代理者であるナキアミ様、その距離感で物語が形作られているんですね。最終的な母性との対決を際立たせるために、そういった装飾部分は全て事前に排除されてしまう、と。ていうかこうして考えるとハルはナキアミの代役でもあり恋人、ということで母系世界観の中ではかなり正統派のヒロインですね。ともかく、ボンズの作品、もしくはボンズが手がけた原作つきの作品の中のオリジナル脚本部分というのは、母系シナリオしかないんじゃね?というのがここでの主張のメインです。ラーゼフォンとかウルブズレインとか鋼の錬金術師とかエウレカセブンとかDTBとかソウルイーターとか。なんだよ俺、ボンズ作品好き過ぎだろ。

大正野球娘、いやはや実に上品という言葉の似合う作品でした。最後のまとめもあっさりと爽やかで実に清々しい。野球アニメだとおおきく振りかぶって以来の良作でした。脇役も含めて、心情描写が細やかで、それぞれの成長物語もきちんと織り込んでいる、それでいて小ネタも欠かさずしかもそれも伏線として機能している。文句の付け所がないですねー。作品として派手さに欠けるのでこの位置ですが。

うみねこのなく頃に、うーん、どうやら魔法の存在はルールに組み込まれているようですね。となると(1)魔女は、閉ざされた空間内でそれを信じる者が信じていない者の数と同等かそれを上回るとき、魔法を行使することができる、というのが物語のキー条件かなぁ。ということで、(A)ベアトは事件までに自身の存在を信じる者の数を増やすよう、準備していた、(B)事件の日の時点では、魔女を信じる者よりも信じていない者の方が多数派だった、(C)最初に6人が殺害されたことで、魔女を信じる者の数が優勢になった(だから解放されたことを表す魔法陣を描いた)、ということになるんだろうか。となると、事件の登場人物18人のうち、魔女を信じていることが確定しているのは金蔵、絵羽、真理亞、源次、紗音、嘉音、郷田、熊沢の8人かなぁ?南條は微妙だし、郷田、熊沢ももしかしたら信じていない側かもしれないので、あと2人くらい信じている側の人物が居てもおかしくはないか。ループ初回で最初に殺された6人は、蔵臼、留弗夫、霧江、楼座、紗音、とあと一人が思い出せないけど仮に郷田とすると、信じている者と信じていない者は6:6になる。ループ二回目の最初の6人は蔵臼、夏妃、秀吉、絵羽、留弗夫、霧江なので、信じている者と信じていない者は7:5になる。この説を前提とするならば、ベアトは以下の条件をクリアする必要がある。(I)最初の6人では魔女を信じていない者を最低4人消す必要があり、その際に使える、魔女を信じている手駒は1〜2人に限定される。(II)次の殺人からは、魔女を信じていない者の数が優位にならないよう、注意する必要がある。これらの条件をクリアすれば、ベアトは比較的自由に魔法を行使できるので、密室殺人とかも簡単。というか、信じている者が信じていない者の数を上回る密室には自由に出入りできるので、駒を消すのに最も適している。だから、このお話の密室は犯人が意図してトリックを仕掛けているのではなく、密室であることが犯人にとっての犯行実施条件ということになりそう。となると、あとはこの物語をどう楽しむか、という話になるんですが、(ア)最初に消される6人について、その消し方を推理する。(イ)最初に6人消されないための方法を考える。(ウ)ていうか碑文って、どうしましょうか。…ってところかなぁ。

宙のまにまに、実に星アニメでした。星の映像は実に綺麗でした。このアニメの影響で、旅行先(結構田舎だった)で、夜空を見上げに深夜散歩してたら野生動物に襲われかけたとか、そんな面白エピソードが発生しかねないほど、私はこの作品を気に入っています。ていうか部長、幼馴染おいしいよな。

エリン、うわぁぁあ、エリンちゃんがおっきくなっちゃったので、リランちゃんに鞍替えしたら、行きずりの流れ者といきなり子作りしやがったぁっ。お、お父さん、そんな展開許さないんだからねっ。←無理。

青い花、これも地味ながら実に丁寧な作品でした。絵柄の透明感というか、脚本の澄み切った感じとか、とかくドロドロとしそうな場面も適度な演出で好感でした。江ノ電とか横須賀線とか、鉄ファンには馴染みの風景の描写も良かったですね。

狼と香辛料、やっぱり主人公に女が絡んで、そしてピンチになる。これがこの作品の醍醐味ですよねっ。なんか後半のお話は終わり方がちょっと中途半端な気がしましたが、まあ、二人の仲の物語はまとまっているのでいいのかな。

タイタニア、え?これで終わり?なんというか、続編作る気マンマンなのかな。ここで終わったら、なんだかザーリッシュさんが主人公みたいになってしまうんですが良いのかな。

ファントム、えーと、この作品のラストで吹きました。それなりに好きで見ていた(順位が低いのはシナリオの支離滅裂さと現実感とかの問題)のですが、このラストはちょっと無いかな、と思ったり。ちなみに私はアイン黒幕説を推します。そうじゃないとインフェルノのボスの最後の辺の台詞と整合性が取れないし。

ヴァルキュリア、あーあ、殿下が小物になっちゃいましたね。セルベリアとか殿下の側近も意味無く死ぬし、ガリア側の脇役達も意味なさげに消されるし。キャラ萌え作品にしては後半の展開はないわーだし、戦争モノとして見るには現実感っぽい何かが不足し過ぎだしで、結局何がしたいのか分からない作品でした。って、そこまで言いながら結局最後まで見てた私もどうかと思いますが。

次は新番組チェックですねー。