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雨谷の日和

過去11年で1,500を超えるアニメの第1話だけは見続けた僕のお勧めアニメがハズレなはずがない

私が再び雨谷の庵を更新することはあるか?

ボヤキ - その他

結論から言うと、無い。
最近雑文祭が開催された際にも自問自答したのだが、恐らくこの先、雑文という形態で私が何かを書いて公表するということは無いだろう。理由は幾つかある。


1.個人的な環境の変化の問題


そもそも、子どもを育てるようになってからというもの、自分自身のためだけの時間が、独身時代に比較するとほとんど圧倒的に全力で無い。
就職というイベントですら私のようなダメ社員にとって何ら障害でなかったにも関わらず、結婚というものですら(夫婦いずれにとっても)ネタとして扱うことが可能だったのに、育児だけはどうしようも無いという事実がある。
夫婦というのは互いに互いを尊重し合う事が比較的可能な関係なのだが、親子というのは実に無茶苦茶に過ぎる。
およそこちらの要望というものは却下され続けるにも関わらず、相手の要望はすべからく全力で対応しなくてはならない、もしくは少なくとも全力を傾けたフリをし続けなければならないものであるようなのだ。恐るべしこの不平等、モンスターなペアレントは現在増殖中の少数派かもしれないが、キッズは全て無慈悲なデビルである。
今現在、4歳の長男と0歳の次男の二人について、そのいずれもが睡眠中であるという前提条件を満たし、かつ、夫婦それぞれが互いの個人的事情を尊重し合え、日々の暮らしに過度な影響を与えない(深夜まで起きていることで翌日の実務が疎かになるなどもっての外である)範囲の自由時間というものは、おおよそ1日当り2時間、そしてそのうちの約半分はアニメに費やされ(私のアニメ視聴リストがだいたいにおいて週14本であるのにはそれなりの意味がある)、残りの半分で私はWEBを楽しむか本を読むか漫画を読むかプログラムを組んで遊ぶか競馬の予想をするかちんちんこするか日記を書くかのいずれかを実施しているというのが実情なのである。
アニメを見るのを止めて何か書けよという声が聞こえなくもないが今はそれは誤差の範囲内として無視しよう。
以上の理由により、私は雑文を書くという趣味を、その他多くの趣味(コンシューマゲームを楽しむとかMMOを楽しむとか自己満足な作曲をするとかヲタ趣味のCGを描くとかえっちな同人誌を作るとかえっちなゲームを作るとかえっちなカラオケを絶叫するとかそういう奴だ)とともに封印し、イマココに至ると言うわけである。


2.WEBとかいうものの変化の問題


ぶっちゃけブログという運営形態が実に日常的になった今、雑文サイトという手作り感溢れる運営形態は不要だと思っている。というか、ブログの形態でも雑文的な何かは十分に継続可能であり、そういう意味で雨谷の庵の更新は、雨谷の日和で代替可能と言えなくも無い。実際、今も横で妻の人に「雑文書かないとかいう文章が雑文になってなくない?なくなくない?」とか茶化されている最中である。
それはともかく、そうした運営側の都合の変化の他に、WEBの楽しまれ方の変化というものもあると個人的には考えている。
昔(といっても10年程前の話だが)は、5KB程度の長さの文章が好まれていた、ような気がする、というよりもむしろ、日本にいんたーねっととかいうものが広まり始めた頃にその利用者の傾向として比較的長めで比較的技巧的な文章が好まれていたというべきかもしれないが、いや今もそうした利用者はもちろん存在するとは思うが、しかしながらブロードバンド時代とか言うものが一般化してどどっと利用者の数が増えた頃(=テキストサイト全盛期)、更にケータイ利用者の流入期がひと段落した現在では、分かりやすくさらっと読めかつ共感できる、そんな文章を好む利用者が主流になっているのではないか、とかそんなことを考えてみたりもする。
そういった傾向はもちろん新参者だけでなく古参にも影響するわけで、読み手だけでなく書き手もべらぼうに増大したこの環境で、古参の読み手が採るであろう変化は「少数を選んで楽しむ」か「大量のものを個別には時間をかけずに楽しむか」の2つとであると想像でき、後者を選んだ者は、かつてと違って短めの文章を好むようになる、かもしれない。その結果、彼らの読み手としての行動は新参の人々とさして変わりなくなるということはあり得ないだろうか。
また、文章を主とするサイトの傾向だけでなく、WEBというものの楽しみ方が多様化しているという事情もある。仲間内でのやり取りはかつてテキストサイトに付随のBBSで行われていたりしたが、今の主流はSNSだろう。SNSでは仲間内以外との交流の広がりに欠けるのではないかという意見もあるような気がするが、そもそもそうした異種格闘技的な交流の場としては今も昔も2ch が最強無二であり、代替をほとんど必要としていない。
また動画投稿サービスの充実がここ2年間の内に急速に進んだことも更に事態に拍車をかけているかもしれない。今までに文章・CGという趣味に起きていたことが、音楽・動画というジャンルにも波及する可能性がでてきているというか、もうそれを実感している人々もいるかもしれない。
結局、WEBは匿名オフィシャル、実名オフィシャル、実名プライベートの3形態について、文章・CG・音楽・動画のそれぞれをサポートするサービスによって形作られることになるだろう。(荒い分類だが……匿名オフィシャル→2ch、ニコニコ。実名オフィシャル→ブログ、各種CGサイト、音楽サイト。実名プライベート→SNS)
で、結局何が言いたいかというと、雑文は実名オフィシャルとしてはソース性に乏しく、どちらかというと娯楽メインの匿名オフィシャルたるニコニコなどと競合するタイプのものなので、今後ますますそれを楽しむための時間は削られていくだろう、と私は予想しているとかそういうことになる。
だからといって雑文を書かない理由にはならないが、まあ、それよりは2ch にネタ投下するか、もっと短文系に移行するかする方が良いかもね、という話である。


とまあ以上から、もしも雑文を書く暇が出来るとしたら次男が5歳になる頃だろうし、しかしその頃には雑文というものが更に世間的には必要とされていないだろう、という結論を個人的には出している次第である。
とはいえ、予測通りに状況が進行したとして、五年後くらいにはまた何か趣味的な時間を持てるようになるだろうし、その時自分はいったい趣味として何を選ぶだろうか、ということを想像するのは少し楽しいことではある。
再び雑文を、ということは恐らく無いにしても、別種の何かに手を出すことはほぼ確定的であろうし、それがWEBに関わる何かであろうこともほぼ間違い無さそうだ。
その頃には恐らくWEBはもっと社会的なインフラとしての重要性を増しているだろうし、匿名性と実名性との折り合いについても妥協点が見出されていることだろう。著作権についてのよしなしごともすっきりとカタが付き、マスメディアとWEBとの棲み分けも協力的な何かに変貌するに違いない……なんて嘘臭いことを書いてしまっているが、このうちの幾つかは実現するだろうし、実現させた方が良いと思っている。
ただまあ、もしかすると5年後に私が選択するのはアニメの鑑賞時間を増やすとか、MMOに再度ハマるとか、そういう事かもしれないが……。